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ディジョン Dijon 幸福のフクロウがいる街 [フランス思い出の街角]

2009年8月17日(月)[晴れ]のお話

[車(セダン)]
Dusseldorfデュッセルドルフ Dijonディジョン→ Beauneボーヌ→ Chamonixシャモニ 
→ Annecyアヌシー→ Hauterivesオートリヴ→ Lyonリヨン→ Vezelayヴェズレー
→ Nancyナンシー→ Dusseldorfデュッセルドルフ



石畳の道にフクロウマークのついた矢印の道標。このマークに従って進んで行けば道に迷うことなくディジョンの観光スポットを巡ることができるそう。我々これには関係なく自由気ままに歩いちゃったけど・・。
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ディジョンブルゴーニュ公国の首都として11世紀初頭から栄えた街。現在人口15万人だが、町自体は小さく歩いて充分観光ができる。

この日朝早く、ドイツのデュッセルドルフを車でスタートし、最初に立ち寄った街がディジョンだった。もう途中休憩も含めて6~7時間来たんじゃないかな。
ここは、サン・フィリベール教会。ディジョン駅から延びる線路近くの駐車場に車を停めて歩きはじめる。この界隈は教会がいっぱいあった。
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ディジョン駅方面から歩いて来ると、まずこのギョーム門をくぐってメイン通りのリベルテ通りに入ってくる。
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リベルテ通りにはたくさんカッコいい旗が翻っていて、その昔栄えた大通りの貫禄。
この通りにはフランスのデパート、ラファイエットも。
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ディジョンらしい木組の家が建ち並ぶこの広場はフランソワ・リュード広場。広場の中央にはブドウを足で踏んでいる像。当時は収穫したブドウの破砕作業は足で行っていたことから、足がピンク色に染まる(=バロゼ)ことを文字ってこの広場のまたの名を「バロゼ広場」と呼んでいるのだそう。なるほど、ワインの産地ブルゴーニュらしいね。
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かつての豪華な邸宅が並ぶ。
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そして辿りついたのがノートルダム教会(Eglise Notre-Dame)。13世紀のゴシック様式、ブルゴーニュ建築の傑作と言われている。幻想的なガーゴイルをふんだんにあしらったファザード。
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それぞれ表情がユニークでもあり怖くもあるガーゴイル(妖怪?)。猿のような合羽のような顔も・・。
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そして、そして、どうしてフクロウの街かと言うと・・、
その答えはこのノートルダム教会のすぐ左横から伸びているシュエット(フクロウ)通り(rue de la Chouette)に・・。柱に同化するように刻まれた小さなフクロウ。他に観光客がいなければ見逃してしまいそうなくらい小さいの。ちょうど手のひらサイズってとこかしら。
これが「幸福のフクロウ」。
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右手に金製のものを持ちながら、左手でフクロウを撫でると幸福を招くと伝えられているそう。みんなに撫でられたフクロウは今や表面も擦り減って原形をわずかにとどめるほどに。


お願い事をそっと心の中でつぶやいてみて・・。


そして、さらに進むとここはブルゴーニュ公宮殿
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そして、この美しい教会はサン・ミッシェル教会。先ほどのギョーム門からリベルテ通りを1キロくらい真っ直ぐ来た突き当りにある。
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フランス、ブルゴーニュ地方 ディジョンは夏の暑い午後だったな。
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宮殿前広場の噴水で小さな子供達が声をあげて遊んでいてとっても楽しそうだった。



ディジョン



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ボーヌ Beaune 神の宿がある街 [フランス思い出の街角]

2009年8月17日(日)[晴れ]

[車(セダン)]
Dusseldorfデュッセルドルフ→Dijonディジョン→ Beauneボーヌ→ Chamonixシャモニ 
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ディジョン(→過去記事)から車で30分ぐらいだったか・・
城壁にぐるりと囲まれた小さな街、ボーヌに到着。
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コート・ドール「黄金の丘」・・と呼ばれる葡萄畑が続く丘陵地帯にあるボーヌは、ブルゴーニュワインの中心地。
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城壁の中は、石畳の中世の町並みが現れる。小さな街なので徒歩で回ってもあっという間。
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ボーヌの街を有名にしているのは、このオテル・デュー(神の宿)
このオテル・デューは15世紀の施療院であり、その名の通り慈善病院だった。
15世紀当時のボーヌは、ブルゴーニュ公国の統治下でとても貧しく、病人や貧困者であふれかえっていたとのこと。そこでブルゴーニュ公の大書記官ニコラ・ロランは自分の所有するブドウ畑をその病院に寄付し、そこから作られるブドウからワインを作り、ワインを売った利益で病人に無料で治療を施こすということを考えついたのが始まりで、1971年まで実際の病院として使われていたそう。
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建物の屋根は赤、黄色、茶色、黒などでブルゴーニュ風の模様がデザインされていて、とても美しい屋根なのです。
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施療院オテル・デューの内部は、19世紀ごろの様子を再現。等身大の人形のナースを置いて、当時の働いている様子をリアルに公開している。

当時の医療器具や・・
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医薬品の棚                      調剤室
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ここは厨房。これは、兎の料理かしら・・。
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病室で働く看護師たち。入院の条件は貧者であることひとつだったそう。
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中央には十字架が。神聖なる病院だね。
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大きな広間のような病室ではベッドが壁にぴったりと縦に並べられている。
ずいぶんベッドの長さが短いようだけど、当時は膝を曲げて寝る習慣があったとか・・。
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このベッドのある大広間はこんな風。天井も高く、まるで教会の中のよう。
ここを看護師さんが甲斐甲斐しく患者を看ていた様子が伺える。
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内部を見学して、外へ出てきてたぶん夕方の6時半ごろだったかな。
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小さな街だけど、小路にはレストランもいっぱいあって。そろそろ夕食の時間ね・・
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8月の中旬、夏らしいこの日は私達も小さな通りのテラス席に陣取って。

「今日は何を飲もうかな・・♪♪」
夫はこれが楽しみ。これが、どうも夫の旅ドライブのエネルギー源らしい。

前菜のお魚のタルタル      そして、ブルゴーニュ風牛肉の赤ワイン煮
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私達のテーブルの前にはこんな小さな教会風の建物が目の前にあって、
ワインを飲みながら、ゆっくりと食事していると、建物を照らしていたこの日最後の日差しがこんなに西に傾いてきて・・。そろそろホテルへもどりましょうか。
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小さな街の旧市街の真ん中に宿をとったので、歩いてすぐ。
9時ごろだったと思うけど、ホテルの下のレストランもまだお客さんがいますね。
2階の窓には、だまし絵が・・。誰か覗いてるよう・・。
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ブルゴーニュワインの里ボーヌは神の宿オテル・デューを取り囲むように栄え、今も中世の趣を残した小さな可愛らしい街。フランス「花の町コンクール」でグランプリを取ったこともある街なんですって。


ボーヌ Beaune (フランス ブルゴーニュ地方)



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シャモニ・モンブランの街 [フランス思い出の街角]

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2009年8月18日(月)のお話。

デュッセルドルフからの5泊6日のドライブ旅行。
イタリアとの国境近くのこの街、シャモニ・モンブランがこの旅の最大のハイライトかつ最も遠い目的地。
ヨーロッパ大陸の最高峰モンブラン(4810m)のふもとのリゾート地。4000m級の山々に囲まれ、その谷がシャモニの街。


8月の夕方のシャモニの街。第一回の冬季オリンピックが行われた街としても世界中に知られる街だけれど、意外にも山あいの小さな街。歩いて一回りしてもすぐ。
そうは言っても、世界中の人がモンブランを目指して観光にやってくるのでこの日の夕方もけっこうな人が出ていますね。この通りがパカール通りでお店やレストランが並ぶ中心の通りかしら。
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朝デュッセルドルフを発ってフランスのボーヌに泊まり、翌日の旅2日目の昼にここシャモニ・モンブランへ到着。

シャモニの街からは見上げれば、モンブラン山郡が望める。
夏の日の夕方、この雪のかぶったアルプスの山々を望むことができるなんて、なんと素晴らしいのでしょう・・
こんな旅ができる幸せを再確認。  ・・・あああ、この日からもうすぐ1年が経つのね・・・・
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ソシュール広場に立つ像は、モンブランの初登頂に成功したバルマと登頂成功に情熱を傾けたソシュールの像。「魔の山」と恐れられていたモン・ブラン登頂に初めて成功したのは医師ミシェル・ガブリエル・パカールと水晶採掘人ジャック・バルマの2人。1786年8月8日のことだそう。

指をさす方向にはモンブランの雄姿が。
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この像のすぐ横を流れるのがアルヴ川
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乳白色の水が勢いよく流れる。橋には綺麗な花がいっぱいでとても綺麗だったな・・。
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サンミッシェル教会。私たちの泊まったホテルはこの広場のすぐそばでした。
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パークホテルスイス。だいたいいつも3つ星ホテルぐらいを予約。そして最近のこだわりは、。効率よく時間を使うためなるべく街歩き観光の中心に、そして尚且つ、駐車ができる環境があるところに宿を取るようにしている。
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部屋の中も山小屋風。向かい側には豪華そうなホテルだったな~。
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泊まったホテルでは朝食と夕食のついたハーフボードを予約。夕食のデザートのフォンダンショコラが美味しかった♪ 斜めに視線を移せば、山。 山に囲まれた谷にある小さな街だからね。
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花と街とアルプス。この風景の中、夕方の風に吹かれて撮った写真。
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この旅のハイライト、、
ヨーロッパ大陸最高峰モンブランの雄姿は次回・・・♪乞うご期待!


シャモニ Chamonix



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モンブラン [フランス思い出の街角]

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2009年8月18日(月)のお話
前回はシャモニの夕方のお話だけど、これはシャモニ到着ごろのお昼のおはなし。

この日の朝、フランスのボーヌのホテルを車で出発。午前中にはシャモニ・モンブランの街(1036m)に到着予定だった。
雪を被った山が見えてきて、もうすぐシャモニの街ってところで少しの間、道が渋滞。

「ええ、、、!?・・ひょっとしてあれがモンブラン??」

もっともっと谷の奥へ入っていって、そうでないと眺められないと勝手に思っていた私は、憧れの雄姿に、、思いがけず車窓から初遭遇してしまった。

渋滞の車窓からズームアップ。「モンブランはどれどれ?」

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きっとあれがモンブラン4810mだ。 雪の帽子をかぶっているね。やっぱり栗ペーストのケーキ「モンブラン」みたい・・?
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暑い暑い8月の太陽が、万年雪も氷河もギラギラと照らしている。
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左の尖がった山の頂上に、モンブランを間近に眺めることができる世界でも有数の展望台エギュイユ・デュ・ミディ展望台(3842m)がある。
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車の助手席から、思わずこんな風に写真を撮っていたら・・まもなく
お昼過ぎに予定よりちょっと遅れてシャモニの街に到着したのでした。

そのエギュイユ・デュ・ミディ展望台(3842m)に上がる様子とそこからの眺めは又次の機会に・・・♪ 乞うご期待!



[ぴかぴか(新しい)]昨年のモンブラン山郡の雪の写真でほ~んの少し涼を感じていただけたかしら。
まだまだ夏は続きます。どうぞお体ご自愛くださいね[ぴかぴか(新しい)]
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エギュイユ・デュ・ミディ展望台 [フランス思い出の街角]

2009年8月18日のお話

お昼過ぎにシャモニの大駐車場に到着。

持参した冬用のヤッケを装備して、まずはエギュイユ・デュ・ミディ展望台Aiguille de Midi(3842m)へ。
展望台へ上がるゴンドラ乗り場は歩いてすぐだった。

エギュイユ・デュ・ミディ展望台Aiguille de Midi(3842m)は、モンブラン4810メートルを間近に眺めることができる展望台としてとても有名。シャモニ(1036m)に来たら、ここは観光の最も人気のハイライトなのだ。
何といっても、シャモニの街(1036m)から軽装備のままだって、ロープーウェイを乗り継いであっという間、20分足らずで3840メートルの高さまで行けてしまうんですもの。富士山より高いよね。

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さすがに観光のハイライトだけあるから、このロープーウェイは大変混雑する。チケットを買うのにも大行列になるのでネットであらかじめチケットを買っておくことをお勧め。
夫が数日前にネット予約しておいてくれたロープーウェイの時間は確か13時50分とかだったはず。
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それでも我々、1時間以上待ち時間があったからここの近くの売店でアイスクリーム食べたりしながら待っていたの。この日、8月18日は地上はまだ真夏の太陽が照りつけるすっごく暑い日だったのよね。
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自分の予約時間が来て、それでも入り口近くで大勢のその時間の予約の人達の間に並んでやっと乗車。70人乗りのゴンドラが夏場は10分おき~30分おきに出るから、けっこうな人が入り口に押し寄せる。
まずは8分で中間地点(2317m)まで。
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乗車地点の駅。
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どんどん小さくなっていく。
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もうこんなに!
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すっかり見えなくなった。
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代わりに山々が近くなって・・。
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シャモニの街が小さくなった。ほんとに谷にある小さな街だね。
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乗り換え地点のプラン・ド・レギュイユ(標高2317m)まで8分で上がってきた。高山病対策でここで次のロープーウェイは一台見送り。
ここからはもっと早いロープーウェイ、時速40キロで標高差1460メートルを10分で一気に上がる。
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見えている山の先端がエギュイユ・デュ・ミディ3842メートルの山頂。
するどい針のような狭い山頂に展望台がある。
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青空がまぶしいくらい。下に氷河を見ながら、ずんずん上へ上がっていく。
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一気に上ってきた。
展望台についたら、地上の真夏から一気に雪景色。切り立った雪の上に黒い点々は・・・?
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登山の人達。中間地点から歩いて登っているんだわ。。。すごいな・・・・
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用意してきたセーターとヤッケを着こんで、展望台から山々を望む。
モンブラン4810mはヨーロッパアルプス最高峰。青空の下、ひときわ高いね。
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モンブラン=白い山。白いアイスクリームのよう!!雪もつかないほどの切り立った岩山の中でひときわ美しく白い肌を見せて輝いているのがモンブラン!!これがヨーロッパ最高峰の姿ね~~!と感激。

ちょうど、先日(22日)の日曜日に日テレ「世界の果てまでイッテQ」の番組で芸人のイモトちゃんがモンブラン登頂に兆戦しているところをやっていましたね。ご覧になったかたいらっしゃるかしら。
写真で見るとこんなに美しく見える山だけど、「魔の山」と言われているそう。それは、それは、人を寄せ付けないような厳しい自然がそこにはあるんですね。   モンブランをズームで。
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写真真ん中あたりのとがった山がグランド・ジョラス4208m。右端のひときわ鋭利にとがって見えるのは、ダン・デュ・ジェアン4013m。
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シャモニの街もこんなに小さく見える。
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さっきまで青空だったのに、カフェで一休みしていたら、あっという間に雲が覆いかぶさってきた。
帰りのロープーウェイまで2時間ぐらいあるのでゆっくり山々を眺めようと思っていたのに・・
そう、往復のチケットを買ったので、帰りのロープーウェイは順番に時間が決まっているのだ。これだけたくさんの人が狭い展望台に上がってきたのだから、降りるのも順番。
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すっかり周りは雲で何も見えなくなった。閉所が苦手な私は、気持ち的に高山病の気分になってしまった。体が重くてなんだか息苦しい感じ・・・
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雲が途切れた一瞬の合間から撮ったモンブランの姿。これがここでの最後の限界写真。
山の天候ってほんとわからないものなんですね・・。
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下にはイタリアとの国境にあるエルブロンネ・ピークへ行く3連の4人乗りゴンドラが見えていた。
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雲に閉ざされて、すっかりヘタレ気分の私は待ちに待った帰りのゴンドラに乗り、中間駅のプラン・ド・レギュイユに降りてきた。
帰りのゴンドラはまるでジェットコースターのような急降下。小学生くらいの男の子が怖くて泣いちゃったぐらい。
でも、私このくらいの降下は大丈夫。
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この中間駅で下車して少し休憩。見上げると、モンブラン針峰郡が見渡せた。
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2317メートル地点のお花。
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「世界の果てまでイッテQ」のイモトちゃんのモンブラン登頂の完結編は9月5日(日)に放送だそう。
見なきゃ~。






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アヌシー [フランス思い出の街角]

2009年8月のおはなし。


とっても、とっても暑い日だった。

フランス、ローヌ・アルプ地方・・Annecy アヌシー。

車で到着したのは午後。
アヌシーに行こうと思ったのは、Bonheurさんの記事を読んだから。Bonheurさんありがとうございます。シャモニ・モンブラン旅行を計画した時、ぜひともこの街は立ち寄ろうと夫に提案したのだった。

アルプスの山々にも程近い、スイスとの国境近くの街。
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アヌシーは運河に彩られた水辺の風景の美しさにフランスのベニスとか、アルプスのベニス、などと称される街。
旧市街の運河沿いには美しい花々が飾られている。
ヨーロッパの旧市街って古い景観を大切に人々の目を楽しませてくれるね。
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アヌシーの写真でいつも出てくるところ。川の中州に浮かぶまるで石でできた船のようなこの古い建物はアヌシーの象徴パレ・ド・リル(宮殿)。でもここはその昔牢獄だったそう。現在は博物館になっているらしい。
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運河沿いにはテラス席をいっぱい出したレストランやカフェ。地元の人や観光客もいっぱい。
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山の方を望むと、運河の先には湖がある。
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湖までは公園になっていて、木陰を探して歩いていく。
この日の気温は何度だったんだろう・・?暑くて暑くて・・木陰から出られない。
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わぁ~~湖、アヌシー湖だ。
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アヌシー湖。アルプスの山を背景に・・。
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ヨーロッパで最も透明度が高い湖として知られているそう。
ボートに人がいっぱい! 貸しボートもあって湖遊びできるのだ。
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遊覧船も・・。
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湖畔には花々も飾られていて、とっても綺麗だったなぁ。
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旧市街へ引き返してきて、散策。レストランやお店でとてもにぎわっていた。
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旧市街はそんなに広くないので徒歩で充分見て周れる。1階はレストランやお店屋さん、古い建物がいっぱい。
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窓辺にお花・・。
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途中、こんな可愛い食器屋さん。ウィンドーショッピングでぶらぶら。暑くてのどがカラカラだから、カフェに入って休憩したり。
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こんなメレンゲのお菓子を売るお店もたくさん。食通の街でもあるアヌシー。
この後、この旧市街の一角のレストランのテラス席で夕食。「本日のメニュー」をいただいて、とても美味しかった。写真はないの。ごめんなさーい。
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[ひらめき]

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シャモニ プレヴァンからの眺め [フランス思い出の街角]

半袖のTシャツ。
こんな風にお花が咲くカフェテラスから雪の被ったシャモニ山群、モンブランを眺める。

真冬に真夏のお話。
力強い山の景色で日々の生活、寒い冬を乗り切りましょ・・!

2009年の夏。今振り返ると、贅沢な旅だったな。
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この景色に出会うには、シャモニの谷を挟んでモンブランとは反対側の山へロープーウェイで上がる。
シャモニの街、サン・ミシェル教会左側の坂道を上がった所のロープーウェイ乗り場から上がっていく。前日のエギュイユ・デュ・ミディに行くロープーウェイ乗り場に比べて、こちらは人の数も少なくて、待ち時間がないのがうれしい。
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目指すブレヴァン(2525m)に向かうには、途中プランプラ(2000m)で別のロープーウェイに乗り換える。
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10分くらいでそのプランプラ(2000m)に到着。
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前日の午後、モンブランをすぐ真近で見ることができるエギュイユ・デュ・ミディ展望台に上がったときは急に天候が悪くなり雲の中へ入ってしまったけど、その翌日のこの日は見事なまでの快晴に恵まれた。
朝9時半ごろで早かったせいもあるけど、この途中駅のプランプラ(2000m)のレストランカフェにはまだお客さんは誰もいない。ヨーロッパの旅ってこういうところが好き。
モンブランの反対側の山に来ればこんな感じなのだ。
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ここからの眺め、最高~♪
朝日にあたって写真撮影には逆光になるけど、まだ早いからなんとか写せる。
この景色をのんびりと独り占め。いや、家族占め。
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そして、さらに上をめざす。岩山の上に見えている展望台、ブレヴァン2525mへ。20人乗りぐらいのゴンドラで10分ぐらい。
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そして
これがプレヴァン2525mからの景色・・!
人はまばらだけど、みんなこの景色に夢中♪
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モンブラン(4810m)のアップもこんなに綺麗に。
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前日上がったエギュイユ・デュ・ミディ展望台(3842m)のアップも。
高度と、雲に覆われた閉塞感で、私はあそこでちょっと具合が悪くなったんだっけ・・笑
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タンクトップに短パンで雪山を見る・・・ああ、なんて素晴らしいのでしょう。
それにしてもヨーロッパの女性、少しでも暑いとすぐタンクトップになりたがりますね~
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モンブラン針峰郡が夏の太陽に照らされて、こちらからは逆光に。
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素晴らしいブレヴァン2525mからのモンブラン(4810m)の眺め、ヨーロッパ最高峰をいつまでも見入っていたかった。
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次回は先ほどの途中駅プランプラからのハイキング編を。お楽しみに♪


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シャモニの山を ハイキング [フランス思い出の街角]

2009年の夏のお話

シャモニの谷を挟んでモンブランとは反対側のブレヴァン2525mからの眺めを堪能した後、ゴンドラに乗ってまた途中駅のプランプラ2000mまで降りてきた。


そのプランプラのカフェテラスで一息入れる。そして、水とおやつを買って、バックへ入れる。
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さて、山に来ると恒例のハイキング♪ 
普通のスニーカーで歩ける程度の山歩き。いつものことだが、地図も何も持っていないので、看板をチェックする。2時間半ぐらいでシャモニの街(1036m)まで降りられるコースがあるよう。

カフェテラスを出て下りコースの入り口辺りに行くと、こんな人達がいっぱい。
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パラグライダー♪
今から空へ飛んでいくのね~~
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モンブランめがけて・・!
何の緊張もないかのように、淡々と飛び立っていった・・・
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この看板の写真に、ピンクの文字を後付けたところがコース。プランプラ2000mからシャモニの街1036mまでの九十九折の急な下り坂。標高差1000mぐらいを降りていくことになる。
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下りはじめはこんな道が続いた。
スイスの山を何度かハイキングしたことがあるのだけど、いつも人がほとんどいなくて、山を貸切状態。だから、すごく気持ちがいい。
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少し下がると、さっきのパラグライダーの人達!この日はお天気が良くて、風もないから、いいね。
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下りてきた山を見上げると、こんな感じ。けっこう急な斜面。

そう言えば、子供が小学校の低学年の頃もこんな風に家族でスイスの山を降りたことがある。もっともっと長い道のりだった。途中、見晴らしの良い岩場でサンドイッチの昼食もとった。私たち家族以外他に誰もいないから遠慮することも無い。「歩こう♪歩こう♪ 私は元気~~♪ 歩くの、大好き~♪どんどんゆこう!」ってみんなで歌いながら頑張ったっけ。きっと子供達の記憶の彼方にも残っている想い出の宝物だ。 笑・・これはもう十数年前のお話・・。
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途中、綺麗な花にも出会った。
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視界が開けると、こんな風にモンブランを見ながら降りる。下にはシャモニの街。
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ズームすると目の前に氷河!
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でも太陽の当たるこちらの山にはこんな可憐なお花が咲いているのだ。
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だいぶ降りてきて、空を仰ぐと、さっきの人達が気持ちよさそうに舞っている。
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歩いていると、本当に静かなの。プランプラ2000m~シャモニの街1036mまでの間で出会ったのは2~3組の人だけだった。
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休憩をしながらこの風景を何度となく仰ぎ見る。次はいつこんな風景に出会えるかな~?もう来られないかもしれないな・・・。
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休憩も含めて約3時間弱。最初のリフト乗り場近くに到着~!
スニーカー山歩き・・とは言え、そこそこの運動量(翌日は筋肉痛・・笑)。しかし爽快感は抜群なのだ。
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実はこの時の下りが結構きつかったため、3時間の山下りの結果、足の親指の爪が死んでしまった。痛みはなく、歩くのには問題はなかったのだけど。それがしっかり再生するまで1年かかった。その爪を見るたび、モンブランの山々を思い出してたなぁ。1年半経った今ではもうすっかり綺麗になったけど。

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立春。
少し暖かくなりましたね。
私は不覚にもノロウィルスにかかってしまい、今週は3日間すっかりダウン、仕事もお休みしてしまいました。
人はちょっと病気になるだけでも、普段のなにげないことを有難く感じられますね。主人のちょっとした家事の協力だったり、今日は普通のご飯が美味しいと感じられたり、こういうことがすごく幸せだと思いました。
来週からはまたがんばらなくちゃー♪

皆様もどうぞ、手洗いをこまめに!お気をつけてくださいね!



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シヴェルニー モネが歩いた道 [フランス思い出の街角]

「モネとシヴェルニーの画家たち」

先週、ノロウィルスもすっかり良くなって、、
渋谷のBunnkmura Musiumに行ってきました。

ご一緒したのは、憧れの素敵な奥様♪
知り合いになったのは20年前・・。
だけど、お互いゆっくりお話する機会もずっとないまま時が過ぎ、、、、ここ数年お互いの子供の学校の繋がりなどで再会。
ランチも兼ねて、素敵な時間を過ごすことができました。
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・・というわけで、
ここからは、2008年夏のお話です。

夫とドライブでフランスのシヴェルニー(Giverny)を訪れたのは、今から2年半前。小さな村だけど、モネが晩年をすごした村として有名。パリからの日帰りツアーもあるようで日本人の観光バスも到着していた。

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通りから外れると、小さな森の中に小川。これがエプト川かしら。モネはこの水を引いて「水の庭」を造り、しだれ柳や菖蒲を植え、睡蓮を浮かべた池に太鼓橋をかけたという。
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モネがここシヴェルニー(Giverny)に移り住んできたのは、1883年。42歳の頃で、作品の多くをこの辺りの風光明媚な景色を描いていたそう。そして、モネの影響を受けたアメリカ人などのたくさんの画家もここに集まってきた。
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散歩していると、モネの銅像を発見。
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きっとモネやその家族、たくさんの画家達がここを歩いていたに違いない・・。そう思うと、なんだか不思議。
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モネの「ポプラ並木」の看板があった。看板にカメラのフラッシュが写っちゃったけど。
きっとかつてここから見える風景を描いたものだったのだろうね。
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森から出てくると、ワインとジャムのこんな小さなお店屋さんがあった。
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村のメイン通りは「モネ通り」
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絵を売るお店もある。やっぱり睡蓮の絵。
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小さな村だけど、ホテルもある。
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ツタのからまる小さなおうち。お花が色とりどりで綺麗。
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路線バスの停留所。本当に小さな村だから、きっと1日に数本しか通ってないだろう。
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そして、その停留所の近くにモネのお墓がある。モネはパトロンだったエルネストの恩を忘れず、自庭に墓を造った。その妻アリスも眠るこの墓にモネも埋葬されているそう。
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モネは26歳の時、19歳の恋人でモデルだったカミーユと暮らし始め長男ジャンが誕生。やがて二人は結婚したが絵はほとんど売れず、マネやルノワールらの援助でようやく生き延びている状態だった。36歳になったモネは実業家のエルネストというパトロンを得た。次男も生まれ、暮らし向きも幾分好転。しかし、それも束の間で、エルネストは破産。行き場のなくなったエルネストと妻のアリス、その子供6人がモネの家で暮らすことになった。そんな中、病床の妻カミーユが息をひきとる。この年、エルネストは妻子をモネに託し、再起を期して家を出た。こうして奇妙な同居生活が始まった。世間の好奇の目をはねのけるようにモネは大家族を養うため「自ら信じる絵」を描き続ける。
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妻カミーユを看取り、息子達を育ててくれるアリスにモネが男女の愛を感じるようになったとしても不思議ではない。モネは大家族を引き連れてシヴェルニーに移り住み、光に満ちたこの地を、終の棲家とする。

ここが、モネの自宅、そして睡蓮の庭がある場所。中は見学できるようになっているが、長蛇の列で時間の都合上、入るのを諦めた。残念・・・
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そして、モネの心に刺さっていたドゲ、アリスの夫であり、恩人のエルネストが異郷で死亡。モネは遺体を引き取ってシヴェルニーに埋葬。51歳になっていたモネはようやくアリスと再婚をする。


モネの庭の周りを散歩。でも外からは植物の垣根で中が見えなかった。やっぱり列に並んで入館料払わなくては見えないわよね・・。
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晩年、周りの風景は描かれなくなり、衰えた視力で描かれたのは、水面だけだった。白内障、妻アリスの死。度重なる悲劇のなか、アリスの次女に介護されつつ、モネが大装飾画「睡蓮」に着手したのは76歳のとき。手術でわずかに回復した視力で10年間絵筆を握り続け、作品が完成したのは、86年の生涯を閉じたためだった。

それでも、しつこくモネの庭を覗き込む私・・・。
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8月。シヴェルニーの村でこんなかわいい葡萄の実がなっていた。
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[ひらめき]モネのお話は週刊「世界の美術館」より。

フランス シヴェルニーはパリの左上70km




セオドア・ウェンデル 「花咲く野原、シヴェルニー」  先日買ってきた絵葉書より。
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画家たちが愛した小さなフランスの田舎村。とっても穏やかな場所だった。


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